加害恐怖とは

加害恐怖とは、「自分が誰かを傷つけたのではないか」「これから傷つけてしまうのではないか」という不安に繰り返しとらわれる状態を指します。
独立した正式な診断名というより、OCDでみられる強迫観念の内容を表す言葉です。
参考:International OCD Foundation. What is OCD?
不安の対象には、身体的なけがだけでなく、「自分の不注意で事故が起きたのではないか」「失礼な発言で相手を深く傷つけたのではないか」といった心配もあります。
ただし、人への配慮や後悔があることだけで、加害恐怖やOCDと診断されるわけではありません。
望まない考えと加害の意思は区別して考える

OCDでみられる加害に関する考えは、本人の意思に反して浮かび、不安や嫌悪感を引き起こすことが特徴です。
「こんな考えが浮かぶ自分は危険なのではないか」と、考えを持ったこと自体に苦しむ場合もあります。
考えが浮かんだという事実だけで、その人の願望や行動を判断することはできません。
参考:Penzel F. International OCD Foundation. How I Treat OCD Killer Thoughts: Treating Violent Obsessions.
診察では、考えを本人がどう受け止めているか、確認や回避があるか、実際の行動やほかの症状も含めて評価します。
自分で「これは絶対にOCDだ」と証明し続けるより、困っている状態をそのまま医療者に伝えることが大切です。
侵入思考や確認強迫との関係

意思に反して浮かぶ考えやイメージを「侵入思考」といいます。
侵入思考自体はOCDのない人にもみられますが、加害に関する考えを強く恐れ、繰り返し確かめずにはいられなくなる場合には、OCDの仕組みが関係していることがあります。
参考:International OCD Foundation. What is OCD?
加害恐怖が「何を恐れているか」を表すのに対し、確認強迫は「不安に対してどのような行為を繰り返すか」を表します。
たとえば「車で人にぶつかったかもしれない」という加害恐怖に対して、通った道や映像を何度も確認する、という形で両方が重なることがあります。
侵入思考について詳しく知りたい方は、侵入思考とは?嫌な考えが勝手に浮かぶ原因と強迫性障害との関係もご覧ください。
確認を繰り返す症状については、確認行為がやめられないのは強迫性障害?確認強迫の症状と治し方をご覧ください。
加害恐怖でみられる症状

加害恐怖には、すでに何かしてしまったのではないかと疑う場合と、これからしてしまうのではないかと恐れる場合があります。
以下は症状を理解するための例であり、当てはまる項目だけで診断するものではありません。
参考:International OCD Foundation. What is OCD?、Penzel F. International OCD Foundation. How I Treat OCD Killer Thoughts: Treating Violent Obsessions.
人にぶつかったかもしれないという不安
歩いているときに誰かとすれ違ったあと、「体が当たって転ばせたのではないか」と不安になり、何度も振り返ったり、同じ場所に戻ったりします。
車や自転車では、「音や振動があった気がする」という感覚をきっかけに、人に接触した可能性を考え続けることがあります。
OCDでは、事故を示す証拠、情報がなくても、「見落としたかもしれない」という疑いだけで、確認が繰り返されることがあります。
家族や身近な人を傷つけてしまう不安
家族と一緒にいるときに、突然、傷つけてしまう場面が頭に浮かび、「自分をコントロールできなくなるのでは」と恐れることがあります。
日常の家事や育児を避けたり、大切な人と二人きりになることに強い不安を感じたりして、生活の範囲が狭くなる場合もあります。
「大切な相手なのに、なぜこんな考えが浮かぶのか」と自分を責め、考えの意味を探し続けることも、負担を大きくします。
自分の言動で誰かを傷つけたという不安
会話のあとに「取り返しのつかないことを言ったのではないか」と心配し、発言を頭の中で繰り返し再生する場合があります。
相手に何度も謝ったり、「本当に怒っていないか」と確認したりしても、しばらくすると疑いが戻ります。
相手から具体的な指摘を受けて謝罪や修正を行うことと、十分な対応のあとも確実な安心を得るために質問を続けることは、分けて考える必要があります。
対人不安や抑うつでも似た悩みが生じるため、内容だけでOCDと決めつけることはできません。
自分の不注意で被害が出るという不安
「自分の落とし物で誰かが転ぶかもしれない」「片づけ方が悪くて、あとから人がけがをするのでは」と考え、通った場所や作業後の状態を確かめ続けることがあります。
この場合、気になる場所をすべて確認しようとして、かえって外出や仕事を終えられなくなることがあります。
「人に迷惑をかけないための確認」が、一日の多くの時間を占めるようになります。
不安を和らげるための行動にも注目する
加害恐怖では、外から見える行動だけでなく、頭の中で行う確認が中心になることがあります。本人は「ずっと考えているだけ」と感じていても、考え直す目的が不安を打ち消すことであれば、治療上は強迫行為として扱う場合があります。
参考:Hershfield J. Anxiety and Depression Association of America. Overcoming Harm OCD. 2019.
- 通った道や、その場にいた人の様子を繰り返し確認する
- 家族や相手に、被害や問題がなかったか何度も尋ねる
- ニュース、検索結果、録画などを調べ続ける
- 当時の行動や感情を、頭の中で何度も検証する
- 「自分はそんなことをしない」と納得するまで言い聞かせる
- 不安が出る相手や場所を避ける
考えや感情が自然に浮かぶことと、それを確かめるために分析を続けることは、同じではありません。
治療では、浮かんだ考えを責めるのではなく、そのあとに何を繰り返しているかを整理します。
加害恐怖の原因と不安が止まらない仕組み
OCDの原因は一つではなく、遺伝的な要因、脳の働き、心理的・環境的な要因などが関係すると考えられています。
ストレスによって症状が強まることはありますが、ストレスや性格だけで加害恐怖を説明することはできません。
参考:National Institute of Mental Health. Obsessive-Compulsive Disorder: When Unwanted Thoughts or Repetitive Behaviors Take Over.
そのうえで、治療では「なぜ発症したか」とともに、「何が現在の不安を長引かせているか」に注目します。
少しの不確かさも残せなくなる
日常生活の出来事を、あとから細部まで完全に思い出すことはできません。
加害恐怖では、その曖昧さを「何かした可能性がある証拠」と受け取り、確実な答えが出るまで考え続けてしまうことがあります。
たとえば、相手が普段どおりにしていても「気を遣って隠しているだけかもしれない」と考えると、相手の返事だけでは疑問が終わりません。
確認を重ねるたびに別の可能性が浮かび、求める確実さの水準が高くなることがあります。
参考:Hershfield J. Anxiety and Depression Association of America. Overcoming Harm OCD. 2019.
考えが浮かぶことに強い意味を感じる
「こんな考えが浮かぶのは、本心では望んでいるからではないか」「考えを放置したら、行動してしまうのではないか」と受け止めると、考えそのものが監視の対象になります。
しかし、考えの内容を一つずつ調べて自分の安全性を証明しようとすると、「今の説明は本当に正しいか」という次の疑問が生まれます。
不安を感じるたびに結論を出そうとすることが、考えから離れにくくなる一因です。
確認による安心が次の確認につながる
不安が出たときに確認すると、一時的に気持ちが楽になることがあります。
すると、「不安になったら確認する」という対応を繰り返しやすくなります。
一方、確かめずに過ごす経験が減り、次の不安にも確認が必要だと感じるようになります。
参考:International OCD Foundation. Exposure and Response Prevention (ERP).
たとえば、会話の内容が心配になって家族に尋ね、安心しても、夜になると別の言葉が気になって再び尋ねる、といった流れです。
こうした確認の繰り返し行動を治療の対象としていきます。
OCD全体の原因や発症のきっかけは、強迫性障害の原因は?なぜなるのか・発症のきっかけ・なりやすい人を解説で詳しく説明しています。
加害恐怖の治療

OCDによる加害恐怖では、曝露反応妨害法(ERP)を含む認知行動療法と、SSRIなどによる薬物療法が主な治療の選択肢になります。
生活への支障や本人の希望を踏まえて、治療法や組み合わせを検討します。
参考:NHS. Treatment — Obsessive compulsive disorder (OCD).
曝露反応妨害法で不安への対応を変える
ERPは、不安が生じる状況や考えに段階的に向き合い、その不安を打ち消すための強迫行為を控える治療です。
加害恐怖では、現場の確認だけでなく、頭の中の検証や、家族への繰り返しの質問も治療の対象になります。
参考:International OCD Foundation. Exposure and Response Prevention (ERP).
たとえば、通常の会話のあとに「失礼なことを言ったかも」と疑いが浮かぶ人であれば、何度も会話を再生したり確認の連絡をしたりする反応を減らし、予定していた作業へ戻る練習を検討します。
実際の言動に修正が必要かどうかと、不安をなくすための反復は、治療者と整理しておきます。
大切なのは、疑いが残っていても、確認に生活を占領されずに過ごせるようになることです。
不安がすぐに下がらない日があっても、それだけで練習が失敗したとは限りません。
練習は、OCDの治療経験がある医師や心理職と相談して進めます。
実際に危険を増やす行動をしたり、事故の徴候を無視したりすることはERPの目的ではありません。
頭の中の場面に取り組む想像を用いた方法もありますが、内容や進め方は治療者と決めます。
参考:Penzel F. International OCD Foundation. How I Treat OCD Killer Thoughts: Treating Violent Obsessions.
曝露反応妨害法の進め方や注意点は、曝露反応妨害法(ERP)とは?やり方・効果・注意点をわかりやすく解説をご覧ください。
薬物療法で症状を和らげる
SSRIは抗うつ薬の一種で、うつ病の併存がなくてもOCDの治療に使用されます。
強迫観念や強迫行為を和らげることが期待されますが、効果の評価には数週間から数か月かかることがあります。
参考:NHS. Treatment — Obsessive compulsive disorder (OCD).
吐き気や睡眠の変化などの副作用、ほかの薬との併用、年齢や体調を考慮して処方を調整します。
短期間で効かないと判断したり、改善したからと急に中止したりせず、経過を主治医と確認します。
参考:NHS. Treatment — Obsessive compulsive disorder (OCD).
日常生活を取り戻すことを治療の目標にする
「嫌な考えが一度も浮かばないこと」を目標にすると、考えが出ていないかを監視する時間が増えてしまいます。
治療では、外出できた、家族との時間を持てた、確認に使う時間が減った、といった生活上の変化も見ていきます。
睡眠不足や負担の大きい時期に症状が強まった場合には、治療計画や生活の負担を見直します。
症状の波だけで、それまでの改善がすべて失われたと考える必要はありません。
参考:National Institute of Mental Health. Obsessive-Compulsive Disorder: When Unwanted Thoughts or Repetitive Behaviors Take Over.
OCDの症状と治療の全体像は、強迫性障害とは?症状・原因・治療法を解説で説明しています。
日常で気をつけたい対処と家族の関わり方

安心を得るための検索や自己確認を見直す
病気や治療について知ることは役立ちます。
一方、「自分は絶対に危険ではない」と確かめるために同じ記事や質問を繰り返すと、検索が強迫行為の一部になる場合があります。
インターネットで同じ内容を何度も質問する場合も、情報収集が目的なのか、不安を打ち消すことが目的なのかを振り返ってみましょう。
頭の中で反論を続けたり、安心できる言葉を繰り返したりする方法も、使い方によっては確認の置き換えになります。
どの行動をどう減らすかは、負担の小さいものから治療者と相談します。
参考:Hershfield J. Anxiety and Depression Association of America. Overcoming Harm OCD. 2019.
家族は苦しさを受け止めながら対応をそろえる
何度も「大丈夫」と答えることは、その場の苦痛を和らげても、確認が続く一因になることがあります。
ただし、家族が突然すべての質問を拒んだり、無理に怖い状況に直面させたりすると、本人と家族の双方に負担がかかります。
まず本人と治療者を交えて、どの確認への返答を段階的に減らすかを決めます。
たとえば、「不安が強いんだね。今は先生と決めた練習を一緒に続けよう」と、苦しさを受け止めながら治療を支える伝え方が考えられます。
参考:International OCD Foundation. Families and OCD.
家族が疲れている場合には、その負担も診察で共有してください。
支援する側が一人で対応を抱え込む必要はありません。
加害恐怖を相談する目安
不安や確認のために外出、仕事、学業、家事、育児が難しくなっているときは、精神科・心療内科に相談しましょう。
OCDの診断では時間の負担も評価しますが、確認や考え込みが一日一時間未満でも、強い苦痛や生活への支障があれば相談の対象になります。
参考:SAMHSA. Table 3.13 DSM-IV to DSM-5 Obsessive-Compulsive Disorder Comparison. 2016.
診察では、次のように伝えると症状を共有しやすくなります。
- どのような場面で、どんな考えが浮かぶか
- 考えをどう感じているか、何が怖いのか
- 不安のあとに、どんな確認や回避をしているか
- どのくらい時間がかかり、生活で何ができなくなっているか
うまく話せない場合は、「望んでいない加害の考えが浮かび、それを確かめることがやめられない」と書いたメモを見せる方法もあります。
相談前に困りごとを整理する補助として、強迫性障害(OCD)のセルフチェックも利用できます。
医学的な診断や重症度を判定する検査ではありません。
結果が気になって何度もやり直してしまうときは、そのことも医師に伝えてください。
加害恐怖は相談しにくい症状ですが、考えの内容だけでなく、繰り返している確認や生活への影響を整理することが治療につながります。
症状に合った治療を検討したい方は、精神科・心療内科でご相談ください。
宮城県で加害恐怖症状、強迫性障害についてお悩みの方は、かもみーる心のクリニック仙台院でも相談が可能です。
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